■8月1日(月) [平成28年7月22日、磯部晶策氏が他界しました。享年91。]

ご冥福をお祈り申し上げます。私の菓子作りに大いに影響を与えた人です。氏は、近年の食品があまりにも食品添加物に頼りすぎていること、また食のファッション化に大変危惧を抱いておりました。誰よりも深く学び、誰よりも広い知識を持ちながら自分には厳しく、潔癖でいつも紳士を貫き通していました。暖かな眼差しの中にも、鋭い視線で食品を見つめる姿には説得力があり、私たちに「磯部理念」を示してくれました。氏亡き今も「磯部理念」は私たち食品に携わる者のバイブルとして、いつまでも君臨し続けると信じています。当店の理念としても掲げさせて頂いている「磯部理念」は、いくら時代が進もうと不変の理念として長く後世に残さなければなりません。この「磯部理念」は私どもが使命感をもって守り伝え、今以上に普及させなくてはならないと念じてやみません。 いつの日か、何も知識のない子供が口にする食品が、磯部理念の四条件を満たしている日が来ることを願いつつ、ご冥福をお祈り申し上げます。
磯部理念 食品づくりの四条件
一、安全で安心して食べられること
二、ごまかしのないこと
三、味のよいこと
四、品質に応じて価格が妥当であること

菓遊専心 戸田屋正道

戸田正宏


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■菓子が取り持つご縁 [4月4日(土)]

坂東三津五郎さんのお陰で、随分儲けさせていただいた。
このたびも、三津五郎さんの葬儀に合わせて山形新聞が当店とのエピソードを記事にしてくれたことで、お客様から沢山の反響をいただいている。
後で聞いたことだが、そもそものきっかけは地元の老舗料亭と三津五郎さんが親しくしていた御縁とのこと。
料亭の女将が当店の菓子を送っていたらしい。
私と女将は30年来のお付き合い。謂わば友達の友達は友達である。そこに菓子が介在したことは言うまでもない。
坂東三津五郎さんのお気に入りは「ティラミス大福」。当店のロングセラー商品である。
ティラミス大福の誕生は今から20年以上前、ティラミスが大ブームの時である。洋菓子屋ならどこでも作り始めた時。和菓子屋である当店もこのブームに便乗しようと開発したのが「ティラミス大福」。マスカルポーネクリームチーズのコクが命である。
イタリアのこのチーズのメーカーは、どうせ一過性だろうと、マスカルポーネクリームチーズを増産せず品薄となった。当然値段は上がり、その結果類似品の安物のチーズが出回った。残念なことに殆どの菓子屋が類似品に手を出してしまったのだ。かくして味のわかるお客に見破られ、遂に一過性に終わってしまったのである。
しかし、相次ぐ値上げに耐えて、本物を使い続けた菓子屋は今でも「ティラミス」を作っているし、当店もまた超ロングセラーとしてお客様に支持され、愛され続けているのである。
坂東三津五郎さんからは「はなまるマーケット」というテレビ番組のゲスト出演の時に「ティラミス大福」をご紹介いただき、その後、全国各地で催されている「おめざフェア」にも出店させていただいた。
その他、テレビや雑誌等、何度も取り上げていただき、そのたびに売り上げ増に結びついている。
また、山形へお越しの節に当店にお立ち寄りいただき、親しく歓談させていただことは記憶に新しい。
膵臓癌で入院した時には一日も早い平癒を願い、お見舞いを申し上げさせていただきました。
快気の返礼品が届いた時には安堵したのもつかの間、訃報の知らせに、愕然としました。
三津五郎さんとのエピソードが記事になり、当店にも沢山の弔意が寄せられましたが、ご恩返しの出来ないまま旅立ってしまわれました。
三津五郎さんにはまだまだ生きていて欲しかった。残念無念です。
ご冥福をお祈り申し上げます。

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■神の存在 [1月5日(月)]

地球温暖化が原因と言われて久しいですが、世界のあちらこちらで異常気象が収まりません。日本でも自然災害により財産や尊い人命が奪われています。もう人間の力ではどうにもなりません。これ以上災害が起きないように祈るのみです。
災害が発生するたびに大自然の怖さを見せ付けられますが、他方、私たち人類は大自然の働きによって大きな恩恵を受けていることも忘れてはならないと思います。
目に見えない大きな恩恵ほど、なかなか気付きにくいものです。空気や水、太陽の光、大地の恵み等々、生きるのに欠かせないものはみなタダです。私たちは目に見えない、何か大きな力によって「生かされて」生きている存在なのです。
遺伝子工学の第一人者、村上和雄先生は、この目に見えない大自然の大きな働きの何がしかの存在を認め、「サムシンググレート」と呼んでいます。このサムシンググレートを私たちは「神」と呼んできました。
神の存在を認め、神を畏れ、崇め感謝するのは人間だけです。
私たちに災害をもたらすのか、恵みを与えてくれるのか、神は実に気まぐれです。

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■(無題) [10月27日(日)]

高校を卒業して直ぐ東京に修業に出たが、国訛りのズーズー弁がコンプレックスであった。同僚の熊本出身の友人が全く臆することなくお国言葉を喋っていたが私はダメだった。今はどこに行ってもズーズー弁で通しているが、当時は田舎者に見られたくない一心で無理矢理、共通語を喋っていた。
国訛りはその地方が育てた文化である。何も恥じることはない。恥ずべきは、先祖が長年培ってきた文化や固有の風習を否定すること。これまでの自分の存在をも否定するようなものである。NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」。主人公が堂々と北三陸の方言を喋っているのを見て驚いた。方言を売りにしている。「じぇじぇ!」流行語にまでしてしまったではないか。
夏の甲子園で東北勢が大活躍した。派手さはないが、最後まで諦めない東北勢の粘り強さは屈指であった。もはやそこには東北であることに対するコンプレックスのかけらもない。「後世畏るべし」である。
今、旅の番組やグルメ情報等、東北は脚光を浴びているが、必ずしも震災以降の同情からのそれではない。実力があってのこと。特に山形は米、蕎麦、酒、牛肉、果物、野菜、山菜、菓子...何をとっても美味しいものばかりだ。特有の気候風土が下支えしている事を忘れてはなるまい。
四季があり、田園風景の美しい東北にあって、悔やんでも悔やみ切れないのが福島原発事故である。今の科学では償おうにも償う術がない。これから何十年、負の遺産を背負ってしまった。私たちの世代は先祖にも子孫にも頭が上らない。



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■職人魂 [5月14日(火)]

カステラを焼くたび、先人の知恵に感心させられる。オーブンで焼いている途中に生地をかき混ぜる「泡切り」という荒っぽい工程がある。一歩間違えばカステラの表面が凹んでしまい、商品にならない。しかし、「泡切り」をすることにより、カステラのきめが細かく均一な浮きを得ることができる。
カステラは室町時代、ポルトガルより渡来したものだが、今のカステラとは程遠く、日本の職人により改良に改良を重ね、今のような日本流のカステラに出来上がった。そこに日本人の職人魂を垣間見ることが出来る。
カステラに限らず、あらゆるところに先人の知恵があり、感服させられる。こういった製菓技術はわれわれ後進に受け継がれ、現代にも全く色褪せることなく生きている。有り難いことである。
日本の職人技のルーツは伊勢神宮の二十年に一度の式年遷宮だと思っている。千二百年以上も前から古式のまま同じ社殿を立て替え、大神様に新しい神殿へお遷りを仰ぐ日本最大のお祭りだ。二十年の間隔は技術の伝承を考えてのことだろう。この、世界に比類のない日本の伝統文化こそ職人の原点であろう。今年はその二十年に一度の式年遷宮の年である。

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■正義と慈悲 [8月13日(月)]

長年、当店が無料で配布している「ニューモラル」という小冊子があります。
もう500号を越えた、40年以上前からの月刊誌です。先日、創刊号が本棚から出てきたので、懐かしさと共に読み返しました。タイトルは「正義が勝つとは限らない」。
普通、正義が悪を正すことは常識なのに、正義が勝つとは限らないなんて、これが道徳の冊子?と疑いたくなりました。しかし、読むにつれて自分のことを言われているようです。
正義とは本来、道徳的な要素をもったもの。幸せを守り、持続発展させるためのものです。しかし、正義感が強すぎると、どうしても周囲の人を責めてしまいがち。正義を振りかざせば人間関係がギスギスします。水清ければ魚棲まず、です。世界各地で起きている紛争や戦争も正義と正義のぶつかり合い。自分が思っている正義の物差しは、他の人から見れば正義でも何でもなく、逆に反感を買っている場合のほうが多いのかもしれません。
かと言って、慈悲ばかりでは世の中の秩序やルール、規律が甘くなり、発展性がなくなります。
正義と慈悲とのバランス、周囲との関係をよく見ながら、みんなが良くなる方法を探った生き方をしたいものです。

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■顔 [4月13日(金)]

若かりし頃、アランドロンやチャールズブロンソンが眉間に縦皺をたてて、渋い表情を作っている姿に憧れていました。深い悩みや苦しみにじっと耐えている姿に男らしさを見いだし、カッコいいと思っていたのです。
しかしこの頃は人相と心遣いに因果関係があることに気づきました。昔から四十歳過ぎたら自分の顔に責任を持て、と言われるように、顔付きは自分の意思でいかようにも変わります。顔は心の窓。心が丸ければ穏やかな顔になり、心が荒めば荒んだ顔付きになります。昔は、少し陰のある生き方を良しとしたこともありましたが、歳を重ねるうちに必ずしもカッコいいとは思わなくなりました。むしろ穏やかで笑顔の絶えない顔つきのほうが周りに安らぎを与え、私も安心します。
友人で眉間に深い縦皺を作っている人がいます。長年、営業本部長の要職にあって苦労してきたので、しかたないのでしょうが、それを諭すと、彼はその日から心遣いを改めようと努力してくれました。縦皺を早く無くそうとセロテープを貼って伸ばしたりしていますが、最近は心遣いの改善と同時に少しづつ皺が目立たなくなってきたように思います。

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